その名は杏奈

女性歌手・タレント 杏奈(あんな)のホームページです。

歌や舞台に活躍している、タレント 杏奈の活動をご紹介しています。

千葉のお父さんお母さんへ

千葉のお父さんお母さんへ

初めてお会いしたのは
千葉の健康センターでしたね。
デビューして3年位経った頃でした。
家族揃って宴会場で私のショーを観てくれました。

歌い終わると、私を席まで呼んでくれて
経営している天ぷら割烹屋さんで
「毎年、お祭りをやるから歌いにおいで」
とお仕事を下さいました。
それから5年位、毎年私を呼んで応援して下さいました。
私の歌がカラオケに初めて入ると
わざわざ配信カラオケを購入してくれて
「毎日かけてるぞ」
と、励ましてくれました。
お母さんも、息子さんも娘さんも家族絡みで応援して下さいました。

事務所を辞めようとしたら、事務所から手紙が届き
「あの子を応援するのはあの子の為になりませんから
もう連絡が来ても応援しないで下さい」
という内容だったのにも関わらず
私を信じて下さいました。
それからも変わらず、何かあれば応援に駆けつけてくださり
浅草ビューホテルでの新曲発表会にも
中野サンプラザにも
お母さんと一緒に応援に足を運んで下さいました。

…突然のお母さんの死。
娘さんからの連絡を受け、病院へ行くと
家族じゃないのに、私を集中治療室で息を引き取った
お母さんと対面させて貰いました。
もちろん、お通夜へも。
お母さんは常日頃、皆んなにこう言ってくれました。
「あの子の歌声を聞けば、すぐあの子の今日の体の調子
が私は分かるんですよ」
実の母より分かっていたと思います。
お母さんが亡くなり、すっかり元気を無くしたお父さん。
それでも、たった一人でサンハトヤのショーに来てくれて、伊東のスナックで私の母や、私の小学校の恩師とカラオケを楽しんだりしてくれました。

娘さんが高知へ嫁ぎ、息子さんも独立し…
本当に一人になったお父さんが
ある日電話をくれました。
「一人になっちゃったよ」って。
お父さん、私、あの日の事を後悔しています。
もっと長くお話ししてあげれば良かったのに。
「娘さんが幸せになったんだから喜ばなきゃ」
そんなありきたりの言葉しか言えなかった。
本当にごめんなさい。

そして…
コロナ禍の中、お父さんの訃報。
お別れもまだ出来ていなくてごめんなさい。

コロナが落ち着いたら、必ず、私の実母と一緒に
お墓参りに行くからね。
待っててね。

本当に本当にありがとう。

杏奈 拝

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